2019年がやって来たヤァ!ヤァ!ヤァ!

2019年明けましておめでとうございます。
正月休み最終日の夜。最高にテンションの上がらないこのタイミングで、2018年の振り返りと2019年の目標を整理しておこうと思い立ち。さっとまとめるつもりでしたが芋づる式に書きたいことが浮かんできてしまったので、なんのために働くのか、どんなゲームが作りたいのかについても一緒に整理しておこうと思います。長いポエムです。

2018年は、自分の将来のために時間を使う、ということを意識し始めることができた一年でした。その中でなにより大きいのは、Unityでのゲーム開発(&勉強)を改めて再始動させたこと。これは大きな前進だったと思っています。
17年の4月ころに、新卒から4年間勤めた会社を退職し、規模20人程度の現職へ転職。職種もプロジェクトマネージャから企画職へ転じ、要するに市場価値がほとんどない状態のチャレンジでした。
ただ残念ながらこのチャレンジは順調とは行かず、18年頭ころは再転職を視野に己の身の振り方を考え直さねばならなくなりました。これが非常に苦しかった―――。

―――僕がまだ小学生だったころ、”真・三國無双2”というゲームが発売されました。僕の母親はゲームそのものに対してあまり良い感情を持っていなかったようですが、このゲームをきっかけに三国志にハマる僕を見ていろいろ本を用意してくれました(逆に”グランドセフトオート3”をプレイしている時の僕を見る母はしかめっ面でした)。
この体験が大きく作用し、僕は中国文学の専攻を念頭に志望大学を決めました。

6年前(!)、僕も就職活動をする時期でした。無事に中国文学の研究室に潜り込むことはできていましたが、それに対する興味はかなり衰えていました。いま振り返るなら、幼い子供がウルトラマンや恐竜、電車の種類を覚えることに夢中になるような一過性のものだったのでしょう。とにかく進学という選択肢はありませんでした。起業ということは露ほども考えていませんでしたので、まあ無難に就職活動。それでも一本、軸は通さねばと建てたのが「好きなことを仕事にする」でした。なんとも曖昧ではありますが、今考えても悪くはなかったかなと思います。ラジオとマンガとゲームが好きでしたので、ラジオ局と出版社をつまみつつ、ゲーム会社をメインに就職活動していました。

「私は、幼いころからテレビゲームが好きです。テレビゲームをきっかけに、別の世界への扉を開くこともできる。なのに、世間のゲームに対する風は依然冷たいままです。私はこれが悔しい!古くは小説、20世紀に入ってからは映像がその文化的価値を上げてきたように、ゲームという文化の価値も上げていきたい。」

ゲーム会社への志望動機はこれをベースに固めました。当時の任天堂社長だった岩田聡も、こんなようなことを言っていました(と解釈してました)。テレビゲームがお母さんに受け入れてもらえる文化にならなければならない、と。(ちょっと古いですがこの辺

この気持ちを一本小脇に抱え、企業研究して向こうに合わせていくようなことはせず、「俺はこれがやりたいんだ、どうだ?」という攻め方でした。なんとも具体性を伴わない志望動機な上に図々しいやり方でしたが、一社だけ内定を出してくれたところがありました。任天堂は書類で落ちました。

ゲーム会社に内定をもらえたといっても、当時の僕は自分にゲームが作れるとは露ほども考えておりませんでしたから、非開発職です。プログラミングなんか文学部には無理無理。ざっくりいえば営業とか人事とか総務とか経理とかパブリシティとかライセンスとかです。そういう仕事で、この思いを実現したいと考えていました。
入社後の面談でもそういったことを伝えていきました。そして研修終了後、発表された配属は”プロジェクトマネージャ”でした。何ですかその仕事は?ワケが分かりません。
……ふむふむなるほど。まずは開発の現場を直で知らないとオハナシになりませんよと。確かに一理ある。プロマネというのはプロジェクトを俯瞰する立場で全体を見渡すので、非常に勉強になりますよと。なるほどね。なんか難しそうだけど大丈夫なのかしら―――?

えっちらおっちらプロマネをやっていた時のことを書くのはまた別の機会に譲るとして、4年経ったころに僕はこんなことを考え始めるわけです。

・プロマネだけ続けててもやりたいことできねえな
・ゲーム業界、偉くなれるのは実際に作れた奴だけだな
・ゲームを娯楽以外の目的に応用する”シリアスゲーム”って分野があるらしい

担当していたプロジェクトの切れ目が重なったこともあり、僕は本格的に転職活動を始めます。この時16年の末頃。最終的な転職タイミングでは間も悪く、当時の上長が図ってくれた異動の便宜もぶち壊すグダグダな退職になりました。本当に申し訳ない。

自分の本意に沿うという意味では転職活動は成功でしたが、上述の通り18年初に改めて自分を見つめなおす必要性に迫られます。

企画職としての経験は充分とは言えず、プロマネにも戻りたくない。自分のやりたいことも捨てたくない。こうなると転職先は非常に限られます。いや、限られるどころか自分の意志を曲げないで済むことはできないように思われました。

そんなときオフィスの本棚に”Unityの教科書”を見つけました。(急に胡散臭いブログっぽくなってきたな……)

Unityは、前職の末期にすこし勉強を始めていましたが、転職活動のバタバタでめっきりご無沙汰になっていました。一本自力でゲームを作り切ることができれば、企画職としてレベルアップできるだろうと一念発起、この窮状を打破すべく藁にも縋る思いで、Unityを使ってゲーム開発を始めました。プログラミングも始めてみれば全く歯が立たないなんてこともなく、勉強すればしただけ前に進める確かな実感がありました。

僕が2018年、Unityを使ってゲーム開発を始めたのはこんな経緯があったのでした。

さて2019年も幸運なことに、僕のやりたいことは新卒当時のまま変わりません。
本業の方はなかなか苦しいままですが、本業と個人開発とでうまく経験値稼ぎの両輪を回しつつやっていければとポジティブにとらえることができるようになっています。
2019年の目標を掲げておきましょう。

・個人で「これは面白い」と自分で思えるものをリリースする
・遊んだ人がフラットな評価で「面白い」と言ってくれるものをリリースする
・遊んだ人が「役に立った」と言ってくれるものをリリースする
・個人で1円以上のマネタイズに成功する

2019年が僕にとって、読んでくれた皆さんにとって良い年になりますよう。

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